【2026年 ライブ参戦記 山下達郎 PERFORMANCE 2026 @ フェスティバルホール 2026.9.24 】

朝からラジオ生放送からの
ラジオの収録仕事やら何やらこなしながら一日を進めてたらば、あっという間に夕方で慌てて大阪。
今日向かうのはフェスティバルホール。
ライブ生活を続けてると、「いつか観たい」と思っているアーティストが何人もいる。
でも、いつかなんて言っているうちに時間はどんどん過ぎてく。
特にキャリアの長いアーティストほど、
「また次があるやろ」
なんて思ってると縁を逃す。観れる時に観る。行ける時に行く!
最近ライブへ行きすぎている自分を正当化するには便利すぎる理論。
てなわけで、フェスティバルホールへ。
しっかり浴びておかなければならぬ夜だす。
◯山下達郎 ── ブレイクまでの歩み

Beach Boysやソウルなどに影響を受け、1972年に自主制作盤『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』を制作。これをきっかけに大貫妙子、大瀧詠一らとつながる
1973年にシュガー・ベイブを結成。1975年『SONGS』と「DOWN TOWN」でデビューするが、当時は大きなヒットにはいたらず
1976年の解散後、『CIRCUS TOWN』でソロデビュー。翌年には名盤『SPACY』を発表するも、まだ一般的なブレイクには届かず
転機は1978年『GO AHEAD!』収録の「BOMBER」。大阪を中心とした関西のディスコで火がつき、テレビではなくダンスフロアから人気が広がっていく
そして1980年「RIDE ON TIME」が大ヒット。デビューから約5年の助走期間を経て、ついに全国区のアーティストへ
その後『FOR YOU』『MELODIES』へと進み、「SPARKLE」「LOVELAND, ISLAND」「クリスマス・イブ」など現在まで残る名曲を次々生み出していく
◯37年ぶりのライブ盤『JOY 2』

2026年10月14日に1989年『JOY』以来、実に37年ぶりとなるライブアルバム『JOY 2 / TATSURO YAMASHITA LIVE』をリリース
『IT’S A POPPIN’ TIME』(1978)、『JOY』(1989)に続く、キャリア通算3作目のライブアルバム
今回は2008〜2025年まで600公演以上という膨大なライブ音源から厳選
3枚組、全38曲という大ボリューム
単なるベスト盤ではなく、現在の山下達郎が長年積み上げてきたライブの記録
◯73歳、山下達郎の現在形をフェスティバルホールで浴びる

「夏の陽」のインタールードから「SPARKLE」でスタート
イントロだけで空気が変わり、「MUSIC BOOK」「人力飛行機」と序盤から一気に山下達郎の世界へ
中盤は「土曜日の恋人」「Sync Of Summer」「マーマレード・グッドバイ」「FUTARI」「潮騒」
年代の違う曲が違和感なく並び、50年のキャリアが一つのライブとしてつながっていく
そして9月に聴く「クリスマス・イブ」。季節なんて関係なし
あのイントロがフェスティバルホールに響くだけで、空気を丸ごと持っていく名曲の強さ
終盤は「SILENT SCREAMER」から「BOMBER」へ 一気にファンキーに
「BOMBER」が大阪のディスコから人気に火がついた曲だと思うと、この大阪で聴くのはやっぱり特別
名物「LET’S DANCE BABY」では「心臓に指鉄砲」に合わせてクラッカー!……のはずが、誰かのフライングにつられてパン!パン!パン! 正しいタイミング前に盛大なフライングのハプニングも
最後は「高気圧ガール」からソロデビュー作の「CIRCUS TOWN」へ
アンコールでは「パレード」「RIDE ON TIME」「恋のブギ・ウギ・トレイン」「YOUR EYES」
売れなかったソロ初期の「CIRCUS TOWN」から全国区へ押し上げた「RIDE ON TIME」まで、キャリアそのものを一晩で辿るような流れ
73歳とは思えない声、エネルギーに溢れる約2時間50分
◯まとめ

ソウル、ファンク、ドゥーワップ、ロックンロールを現在の音として鳴る
それをフェスティバルホールの極上の音響で浴びる
山下達郎といえばこの極上空間
当然ホール歴代1番のライブ数
と思っていたらまだ上に上がいらっしゃる
2位は郷ひろみ、そして1位はさだまさし
あらためて日本のレジェンドの凄さを知る夜
仙石幸一



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